ポケモントレナーにこにー

本文・イラスト:KANZ


- イントロダクション -

 私たちが音ノ木坂学院を卒業して約半年。蝉の声に秋の虫の声が混ざるこの季節。一緒にここに行こう、ここにも行きたい、などと普段から言うだけ言い合って、そのまま溜まりに溜まっていた沢山の約束を一日かけて消化し、私と希は両手に荷物を抱えて歩いていた。

「あれ? あそこにいるのってにこっちやない?」

希の声で視線の先に目をやる。髪を下ろしているので少し大人びて見えるが、確かにあの可愛らしい顔はにこだ。向こうはまだこっちに気づいて無いみたいだけれど、こっちに向かって歩いて来ている。

「本当ね。にこー!」

声をかけるとすぐこっちに気づいた様だ。一瞬「げげっ!」などと顔に書いてありそうな、露骨に嫌そうな顔が見えた気もしたが、気にしないでおこう。

「久しぶりーって、あら、今日はみんなでお出かけなん?」

溜息でも吐きそうなにことは対照的な笑顔で、こころちゃん、ここあちゃん、虎太郎くんがにこを囲んでいた。

「絵里さん、希さん。お久しぶりです」

ぺこりと揃って頭を下げる。

「今日はお姉様がみんなを映画に連れて来てくれたんです」

こころちゃんが映画館のショッパーを胸元に掲げて見せてくれた。見てきた映画のパンフレットでも入ってるのだろう。

「へぇ〜。にこっちも優しいところあるんやね」

希が茶化す。

「ふん! 私はいつでも優しいわよ!」

照れ隠しか、語気が荒いにこを、まあまあとなだめつつ。

「何の映画を観たか、聞いてもいい?」

腰を下ろしてこころちゃんたちと目線を合わせた。

「おでまし〜!」

楽しそうに虎太郎くんが答える。

「おでまし?」

私の顔にはハテナマークが浮かんでいると思う。今、そんなタイトルの映画やってたっけ? 心当たりがない。

「絵里さん、これです」

察してか、こころちゃんがわざわざパンフレットを出して見せてくれた。ここあちゃんもそれに合わせるように言う。

「ポケモン、だよ!」

得意気な三人。だが。

「ポケモンね。知ってるわ。ピカチュウよね」

ポケモンに関する引き出しはこの一言でもう空っぽだった。

「お姉様は夏休みのずっと前から、みんなの分の前売り券を用意しておいてくれたんです」

何故かばつが悪そうなにこを尻目にこころちゃんが誇らしげに言う。

「へ〜、にこっち、ポケモンとか好きやったん? 音ノ木坂にいるときはそんな感じじゃなかったと思ったけど」

私が知らなかっただけかと思ったけど、希も意外そう。

「あー、本格的に始めたのは卒業してからだったわね。まだまだ初心者よ」

ようやく口を開いたにこだけど、テンションがどうも低い。好きなことならもっと楽しそうに話しそうなものだけど。

「お姉ちゃんはまだ対戦であまり勝てないらしくって……」

さっきまでにこにこだったのに、四人とも表情が暗くなる。

「ああ、だから自分から初心者て」

希は何となく理解したみたいだけど、私はちょっと付いて行けていない。ただにこの不調をみんなが心配しているのは分かるけど……ゲームの話よね?

「もう、やめてよ。これからどんどん強くなって、またトップ取るんだから。ね?」

にこがみんなを元気づけるように笑顔を見せる。

「そうです、お姉様なら、必ず宇宙ナンバーワントレーナーになりますよね!」

うんうんと同意する二人。沈み行く太陽を指差して、そのまま走り出しそうな雰囲気すら感じられる。何故か希は参加できている様で感動の涙を拭う素振りを見せていた。

   *

 こうして私だけ置いて行かれたまま、にこの宇宙ナンバーワントレーナーへの道は感動のエンディングを迎えた……らしい。

「じゃあこの後、ポケモンセンターに行くから。またメールでもするわ」

そう行って四人は笑顔で仲良く去って行った。疲れた訳ではないが、よく分からない脱力感が体を覆っていた。

「ポケモンセンターって?」

多分希は知っていそうなので尋ねてみる。

「ゲームだとケガしたポケモンを治してくれるところやね。現実にあるのは、ポケモンのぬいぐるみとか、お菓子とか、そんなグッズを売ってるんよ。また今度、一緒に行ってみよっか」

希の提案にはもちろん賛成するんだけど……。

「今日一日使ったのに、またこうやって、約束がどんどん増えて行くのよね」

それは全然嫌じゃない。むしろ嬉しい。

「いいやん。また一緒にお出かけしよう?」

私の顔を覗き込む希の純粋な笑顔に顔が熱くなるのを感じる。

「……ずるいわね、希は素直で」

そうこぼして早足で歩き出す。

「ちょっと、えりち! 何よそれー」

慌てて追いかけてくる希の声が背中に聞こえる。こうやって約束を繰り返して、ずっと一緒に過ごして行くのだろう。そう考えると、何だか嬉しくて、むず痒くて、口元が緩んでしまいそうなのを希に見られるのが恥ずかしくて、希に追いつかれない様に、さらに足を早めてしまった。

続く(かも)

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等々とは一切関係ありません。


収録:2015年9月06日発行『にこにーがニコニコでにこにこする話 御品書』(無料配布)


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