- 元旦、秋家にて
- 今年の秋は
- 豊穣神の主張
- 直談判
- 帰路
- 夏の穣子
- 秋の静葉
- 幽香より、秋をこめて
- 俺たちの秋は……
本文・イラスト：KANZ
一．元旦、秋家にて
- 静葉
- 「あけましておめでとう、穣子」
- 穣子
- 「あけましておめでとう、お姉ちゃん。今年もよろしく」
- 静葉
- 「こちらこそよろしく」
- 穣子
- 「でも全然めでたくないわよね。秋はとっくに終わっちゃって、次の秋までも結構あるもの」
- 静葉
- 「まあまあ。それは毎年のことなんだし、二人でのんびり秋を待ちましょう」
- 穣子
- 「分かってはいるんだけどね。ゴメンね、お姉ちゃん。お正月からこんな話で」
- 静葉
- 「いいのよ。気にしないわ。じゃあおせち用意するわね。穣子のおかげでこうして豊かなお正月が迎えられるんですもの。人間たちも、どの神様よりあなたに感謝しているわ」
- 穣子
- 「ありがとう。お姉ちゃんの魅せる紅葉も、きっと人間たちに大人気よ」
- 静葉
- 「ふふ、ありがとう。穣子はお雑煮のお餅いくつ？」
- 穣子
- 「えっと、二つ。ああ、私も手伝うわ」
……………………
二．今年の秋は
- 静葉
- 「そう言えば穣子。今年の目標とかあるかしら。私は今年は紅葉で山に文字を描いてみようと思うの。きっと里の人間たちも喜ぶと思うわ」
- 穣子
- 「京都の大文字みたいね。山の妖怪たちに怒られないといいけど」
- 静葉
- 「大丈夫よ。きっと妖怪たちも気に入ってくれるわ」
- 穣子
- 「そうよね。お姉ちゃんの紅葉だもんね。私は、えっと……笑わないで聞いてくれる？」
- 静葉
- 「もちろんよ、穣子。笑うわけないわ」
- 穣子
- 「実は前から考えていたのだけれど、そろそろ夏を手に入れようと思うの！」
……………………
三．豊穣神の主張
- 静葉
- 「えっと……夏を、手に入れる？」
- 穣子
- 「そう。幻想郷に夏を代表する神や妖精がいない今のうちに、私たちが夏の顔になっておくのよ。新参者がどんどん増えて来てるし、むしろ遅すぎたぐらいだわ」
- 静葉
- 「夏は向日葵の妖怪がいるじゃない。私たちの力じゃ彼女を押し退けて夏を勝ち取ることなんて出来ないわ」
- 穣子
- 「違うわ、お姉ちゃん。確かに彼女は夏のイメージが強いけど、彼女は四季のフラワーマスター。決して夏の妖怪じゃないのよ。きっとみんなもお姉ちゃんと同じ勘違いをして、夏に名乗りを上げられないでいるんだわ。他の誰かがこのことに気づく前に、私たちで夏を独占しましょう！」
……………………
四．直談判
- 幽香
- 「それで、わざわざ正月早々、私のところに来たってわけ？」
- 穣子
- 「そうです。確かに現在はあなたが夏の顔のように世間では扱われています。私たちが夏を手に入れた後に、もしあなたが力で夏の顔の座を取り戻しに来たら私たちではとても敵いません。だから今のうちに話し合いで解決しておこうと」
- 幽香
- 「それで芋焼酎片手に新年のご挨拶ってわけ？ こう言うのも賄賂って言うのかしら」
- 静葉
- 「いえ、そんな深い意味はないですよ。ただ私たちの気持ちです」
- 幽香
- 「ふーん。別に何だっていいけど、ありがたく頂いておくわ。まあ確かに私はどこかの春告精みたいに季節限定の妖怪になったつもりはないけどね」
- 穣子
- 「では、夏の顔の座には干渉しないでいただけますね！」
- 幽香
- 「でも何であなたたちが夏なの？ 秋姉妹なんだから秋でいいじゃない。ただ目立ちたいだけかしら？」
- 穣子
- 「いえ、夏は秋の稔りの為の大切な季節です。ですから秋は紅葉を司る姉が、夏は豊穣を司る私が季節の顔になって、二人で幻想郷を豊かにしていこうと思いまして」
- 幽香
- 「へぇ。姉妹で一年の半分を占めようだなんて、随分大きく出たじゃない。いつも冬になると大人しいとは思ってたけど、そんなこと大それたこと考えていたのね。まあいいわ。夏の顔には干渉しないでいてあげるから、今年は好きなだけ夏を謳歌したらいいわ」
- 穣子
- 「あ、ありがとうございます ！ また来年もいいお酒をもって挨拶に来させてもらいますね！」
……………………
五．帰路
- 静葉
- 「ごめんね。穣子」
- 穣子
- 「どうしたの、お姉ちゃん。急に謝ったりして」
- 静葉
- 「いえ。私もてっきり目立ちたいから夏の顔を手に入れようとしていたんだと思っていたの。あんな立派な考えを持っていたなんて、なんだか申し訳なくて」
- 穣子
- 「ああ、そのこと。別にいいわよ。謝るようなことじゃないわ」
- 静葉
- 「そうね。いつの間にか二人セットで扱われるのに慣れてしまっていたわ。穣子のように、私も自立と豊穣をしっかり考えて生きなきゃダメね」
- 穣子
- （本当は目立ちたいからだけど、素直にそう言ったら殺されそうだから、でっち上げただけなんだけどなあ……）
- 静葉
- 「今年の秋は、紅葉のグラデーションを凝らして、山に穣子の似顔絵を描いてみせるわ！」
……………………
六．夏の穣子
「今年はまだ夏じゃと言うのに、穣子様が何度も村に下りて来てくださっとるみたいじゃの」
「ああ。何があったか知らんが、こんなに熱心に村まで足を運んでくださっておるんじゃ。今年の秋は大豊作間違いなしじゃ」
「うむ。今年の収穫祭はいつもより盛大にやらんといかんのお」
- 穣子
- 「ふふ。まだ夏だって言うのに、人間たちの感謝の視線が気持ちいいわ。夏を手に入れただけでなく、信仰も鰻登りね！」
- 静葉
- 「やったわね、穣子。私も負けてられないわ。秋の紅葉を楽しみにしてて。私の紅葉を肴においしいお酒でも呑みましょう」
- 穣子
- 「ええ。私たちの夏と秋に乾杯しましょう」
……………………
七．秋の静葉
- 穣子
- 「お姉ちゃん、体調でも悪い？」
- 静葉
- 「いえ、平気よ。でも、里の方はもうすっかり色づいているというのに、山の紅葉はなぜか始まらないわね。何でかしら」
- 穣子
- 「もしかして私が夏に浮気してたから、かな」
- 静葉
- 「そんなことはないわ。あなたのおかげで里は大豊作。秋はあなたに微笑んでいるもの。あなたのせいじゃないわ」
- 穣子
- 「でも、それだったらどうして……」
- 静葉
- 「巫女たちも動いてないみたいだし、異変じゃないのよね。妖怪にはあまり会いたくないけど、やっぱり様子を見に行ったほうがいいかしら」
- ？
- 「おや、姉妹そろってご在宅ですね。ぼーっとしてたら、あなたたちの秋も終わっちゃいますよ？ それとも、珍しく夏に働いて燃料切れちゃいました？」
- 静葉
- 「あ、射命丸さん」
- 文
- 「どうも。これ預かり物です。本当はこう言う仕事は請け負ってないんですけどね」
- 穣子
- 「手紙？」
- 文
- 「ええ、風見幽香さんからです」
……………………
八．幽香より、秋をこめて
- 穣子
- 「どうかしたんですか？ 幽香さんが私たちを呼び出すなんて。まさか夏を返せって話じゃないですよね」
- 静葉
- 「待って、穣子。もしかして、幽香さんは今年の紅葉の異変に何か心当たりがあるんじゃないですか？」
- 幽香
- 「そうね。心当たりと言うか、単に予想でしかないのだけれど」
- 穣子
- 「ぜひ教えてください！」
- 幽香
- 「まあ隠すようなことじゃないし、それにあくまで予想だから、間違ってるかもしれないわ」
- 静葉
- 「構いません、お願いします」
- 幽香
- 「簡単に言うと、あなたたちが一年の半分を司るには弱すぎるってことね。秋が来る前に息切れしちゃったってことよ」
- 穣子
- 「ちょっと待って。毎年ちゃんと豊穣と紅葉の両方をもたらしているわ。豊穣だけで二人の力を使い切るなんてこと、あるわけないわよ」
- 幽香
- 「豊穣だけなら、そうね。でもあなたたちが気づかなかっただけで、夏の間にも紅葉している木々があったわ。異変として目立つほどの数はなかったにしろね。それに先走って夏に咲いてしまった秋の花もあった。無意識に秋が漏れていたんでしょう。それとも、初めての夏に浮かれて気づけなかったのかしら。まあ、季節を司るなんて、生半可な能力じゃ出来ないってことでしょう。しかもそれを二つもだなんて。」
- 静葉
- 「そ、そんな……でも……」
- 幽香
- 「なんにせよ、これが逆じゃなくてよかったわね。紅葉だけもたらして豊穣がおろそかになりでもしていたら、とっくに巫女が殴りこんで来てたんじゃない？」
- 穣・静
- 「！！」
- 幽香
- 「まあでも、来年は覚悟しておいたほうがいいかもしれないわね」
- 穣子
- 「いえ、もう来年は大人しく秋に力を注ぐことにします。調子にのって大変な目に会うところでした。ありがとうございます」
- 幽香
- 「そうじゃないわよ。あなた、毎年収穫祭に顔を出してるでしょ。あれは来年の稔りを約束してるんだと思っていたけど、違ったの？ 今年の秋に力が出せないんだから、来年の稔りが危ういってことじゃないの？」
- 穣子
- 「……え？ そうなの？ お姉ちゃん」
- 静葉
- 「えーと、あれ？ そうなのかな？」
- 幽香
- 「違うんならいいんだけど。それよりあんたたち、自分たちの能力を把握してないって、どう言う神様よ」
- 穣・静
- 「すいません」
- 幽香
- 「私に謝っても仕方ないわよ。まあ人間どもに、今年の稔りをちゃんと蓄えておくように指導でもしたらいいんじゃない」
- 穣子
- 「そうですね。そうします」
- 静葉
- 「じゃあ早速里に行きましょう。幽香さん、わざわざありがとうございました」
- 幽香
- 「いいのよ。またお酒でも持って来てくれれば」
- 静葉
- 「ええ、必ず。でもゴメンね、穣子。あなたとの約束、反故にしちゃって」
- 穣子
- 「ううん、私が余計な提案をしたからこうなったんだ もの。お姉ちゃんは気にしないで」
- 静葉
- 「ありがとう、穣子。来年を楽しみにしててね」
- 幽香
- 「何の話？ まだ何か企んでたの？」
- 静葉
- 「いえ……実は……」
……………………
九．俺たちの秋は……
（――数日後）
- 穣子
- 「お姉ちゃん、大変！ 山が！」
- 静葉
- 「慌ててどうしたのよ、穣子……！」
……………………
（終）
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件等々とは一切関係ありません。
